概要

36の劇的状況

36の劇的状況は、フランスの作家・批評家Georges Poltiが1895年に著書で発表した物語構造の分類体系です。Poltiは古典ギリシャ文学や同時代のフランス作品を分析し、全ての物語に共通する基本的な劇的状況を36種類に分類しました。この分類はイタリアの劇作家Carlo Gozziの先行研究を発展させたものであり、脚本家、小説家、ストーリーテラーなどの創作活動を支援するツールとして現在も広く活用されています。

物語構造 劇作 創作技法 ナラトロジー Georges Polti
コード スラッグ 名称 概要
01 supplication 嘆願 嘆願者が迫害者からの救済を権力者に訴える状況です。
02 deliverance 救出 不幸な者が脅威から救出者によって救われる状況です。
03 crime-pursued-by-vengeance 復讐に追われる犯罪 犯罪者の罪に対して復讐者が私的な正義を求める状況です。
04 vengeance-taken-for-kin-upon-kin 親族間の復讐 親族への不正行為に対して別の親族が復讐する状況です。
05 pursuit 追跡 逃亡者が誤解された争いの罰から逃れる状況です。
06 disaster 災厄 敗北した権力者が勝利した敵によって地位を失う状況です。
07 falling-prey-to-cruelty-or-misfortune 残酷さ・不運の犠牲 不幸な者が支配者の残酷さや不運に苦しむ状況です。
08 revolt 反乱 残酷な暴君に対して陰謀者が企てる状況です。
09 daring-enterprise 大胆な企て 大胆な指導者が敵対者を圧倒して目的物を獲得する状況です。
10 abduction 誘拐 誘拐者が保護者から被誘拐者を連れ去る状況です。
11 the-enigma 尋問者が探求者に問題を提示し、目標達成能力を与える状況です。
12 obtaining 獲得 要求者が敵対者から何かを得ようとする、または仲裁者が対立する当事者間を裁定する状況です。
13 enmity-of-kin 親族間の敵意 悪意ある親族と憎まれる親族が陰謀を企てる状況です。
14 rivalry-of-kin 親族間の対抗 競争の対象が好まれる親族を拒絶された親族より選ぶ状況です。
15 murderous-adultery 殺人的姦通 二人の姦通者が裏切られた配偶者を殺害しようと企てる状況です。
16 madness 狂気 狂人が正気を失い犠牲者に害を及ぼす状況です。
17 fatal-imprudence 致命的な軽率さ 軽率な者が怠慢や無知により犠牲者に害を与えるか物を失う状況です。
18 involuntary-crimes-of-love 無意識の愛の罪 恋人たちが知らずにタブーを犯し、それが暴露される状況です。
19 slaying-of-kin-unrecognized 認識されない親族殺し 殺害者が認識していない犠牲者(実は親族)を殺す状況です。
20 self-sacrifice-for-an-ideal 理想のための自己犠牲 英雄が理想のために人や物を犠牲にする状況です。
21 self-sacrifice-for-kin 親族のための自己犠牲 英雄が親族のために人や物を犠牲にする状況です。
22 all-sacrificed-for-passion 情熱のための全犠牲 恋する者が情熱の対象のために全てを犠牲にする状況です。
23 necessity-of-sacrificing-loved-ones 愛する者を犠牲にする必要性 英雄が犠牲の必要性のために愛する犠牲者を傷つける状況です。
24 rivalry-of-superior-vs-inferior 優者と劣者の対抗 劣った競争者が優れた競争者を打ち負かして競争の対象を勝ち取る状況です。
25 adultery 姦通 二人の姦通者が欺かれた配偶者に対して陰謀を企てる状況です。
26 crimes-of-love 愛の罪 恋人と愛する者が恋愛関係を始めることでタブーを犯す状況です。
27 discovery-of-the-dishonour-of-a-loved-one 愛する者の不名誉の発見 発見者が罪ある者の不正行為を発見する状況です。
28 obstacles-to-love 愛への障害 二人の恋人が共に障害に立ち向かう状況です。
29 an-enemy-loved 愛される敵 恋人と憎む者が愛される敵に対して正反対の態度を持つ状況です。
30 ambition 野心 野心家が欲しい物を求め、敵対者に反対される状況です。
31 conflict-with-a-god 神との対立 死すべき者と不死の存在が対立する状況です。
32 mistaken-jealousy 誤った嫉妬 嫉妬深い者が誤解の原因により間違った嫉妬に陥る状況です。
33 erroneous-judgment 誤った判断 誤解した者が罪ある者の代わりに誤解の犠牲者を裁く状況です。
34 remorse 悔恨 罪人が犠牲者を傷つけるか罪を犯し、尋問者と対立する状況です。
35 recovery-of-a-lost-one 失われた者の回復 探求者が失われた者を見つける状況です。
36 loss-of-loved-ones 愛する者の喪失 親族の殺害が処刑人によって行われ、親族が目撃する状況です。

36の劇的状況は、フランスの作家・批評家であるGeorges Poltiが1895年に発表した物語構造の分類体系です。Poltiは古典ギリシャ文学から同時代のフランス演劇まで幅広い作品を分析し、全ての物語に共通する基本的な劇的状況を36種類に分類しました。この研究はイタリアの劇作家Carlo Gozziの先行研究を発展させたものであり、ゲーテも「Gozziは36の悲劇的状況しか存在し得ないと主張し、シラーはそれ以上を見つけようと努力したが、Gozziほど多くも見つけられなかった」と言及しています。

この分類体系の有用性は、物語の骨格を理解し、新たな創作のインスピレーションを得るための枠組みを提供することにあります。「嘆願」「救出」「復讐」「追跡」といった基本的な状況から、「愛への障害」「野心」「悔恨」といった複雑な人間関係や内面の葛藤まで、幅広いテーマがカバーされています。これらの状況は単独で使用されることもあれば、複数の状況が組み合わさることで、より複雑で深みのある物語が生み出されます。

現代においても、この36の劇的状況は脚本家、小説家、ゲームデザイナー、ストーリーテラーなど、物語を扱う多くの創作者にとって貴重なリファレンスとなっています。物語のアイデアに行き詰まった時や、既存の物語を分析する際に、この分類を参照することで新たな視点を得ることができます。また、異なる文化や時代の物語を比較する際にも、共通の枠組みとして活用されています。

ただし、この分類に対しては「最小限または分離可能なモチーフではなく、イベントの連結である」という批判も存在します。物語は状況の単純な組み合わせ以上のものであり、登場人物の心理、文化的背景、語りの技法など、多くの要素が絡み合って成立します。したがって、36の劇的状況は創作の出発点や分析の道具として有用ですが、物語創作の全てを網羅するものではないことを理解することが重要です。

この分類体系を学ぶことで、物語の普遍的なパターンへの理解が深まり、より意識的に物語を構築する力が身につきます。古典から現代映画まで、様々な作品をこの枠組みで分析することで、優れた物語がどのように劇的緊張を生み出し、観客を引き込むかを理解することができます。